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前橋地方裁判所沼田支部 昭和43年(ワ)24号 判決 1972年9月07日

原告 北川公

<ほか三名>

右四名訴訟代理人弁護士 木戸口久治

三枝信義

外山三津弥

宍戸金二郎

被告 荒川隆

<ほか二名>

右三名訴訟代理人弁護士 木村賢三

中山新三郎

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

(甲)申立

(原告ら)

一、原告らに対し

(一) 被告荒川隆は別紙第二物件目録(一)(3)・(四)・(五)記載の建物を、被告荒川順一は同目録(三)記載の建物を各収去せよ。

(二) 被告らは各自別紙第一物件目録(二)記載の土地を明渡し、且つ金六、六〇〇円並びに昭和四〇年四月一日から右土地明渡済に至るまで一か月金一、六六六円の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言。

(被告ら)

主文同旨の判決。

(乙)主張

(原告らの請求原因)

第一、一、別紙第一物件目録記載の土地はもと原告北川公、同小池君江、亡原告北川正と訴外亡北川明広(以下その当時の共有者を原告ら四名という)の共有であったが、同訴外人が昭和二〇年三月二〇日死亡したので、その父である訴外亡北川久七、その母である訴外亡北川ミちがその持分を各相続し(以下その当時の共有者を原告ら五名という)、その後右ミちは昭和三九年五月二七日、右久七は昭和四〇年二月一五日死亡したので右両名の子である右の原告三名が夫々その持分を各相続し、結局右土地は右の原告三名の共有に属することとなった(以下原告ら三名という)。

二、しかるに、亡原告北川正は本訴係属中である昭和四五年一〇月三〇日死亡したので、その妻である原告北川貞子が三分の一、その子である原告北川能子が三分の二の割合で右亡原告の持分を各相続するに至った(結局、右土地の持分は原告北川公、同小池君江が各九分の三、同北川貞子が九分の一、同北川能子が九分の二の割合となる)。

第二、一、昭和二三年四月ごろ原告ら五名は亡訴外荒川順次に対し同目録(一)土地(以下本件(一)土地という)を一か月金二、二〇〇円、普通建物所有の目的で賃貸した。

二、右訴外人は

(一) 昭和二三年六月二一日同目録(二)土地(以下本件(二)土地という)上に別紙第二物件目録(一)(1)の建物(以下本件(一)(1)建物という)を建築した。

(二) 更に昭和二六年四月一三日別紙第一物件目録(三)土地(以下本件(三)土地という)上に別紙第二物件目録(二)建物(以下本件(二)建物という)を建築した。

第三、しかるに亡訴外荒川順次は昭和二六年四月一六日右(二)建物を訴外渋谷春吉に売渡し、原告ら五名に無断で右建物の敷地である本件(三)土地の賃借権を同訴外人に譲渡し、同訴外人は右土地を使用している。

第四、一、(一) 訴外荒川順次は昭和二六年一一月二六日死亡し、同訴外人の妻である被告荒川隆及びその子である被告荒川順一、同荒川秀雄が本件(二)土地賃借権を相続により取得した。

(二) なお、本件(一)(1)建物の増改築経緯は別紙第二物件目録(一)(1)及び(2)のとおりである。

又、本件(一)(2)建物の付属建物は昭和三一年一月二四日分割により別紙第二物件目録(三)建物となった。

(三) その後、右被告らは昭和三〇年九月二〇日ごろ協議により右相続財産を分割し、本件(二)土地賃借権は被告ら三名全員の共有とし、本件(一)(2)建物及び(三)建物の所有権は被告荒川順一がこれを取得した。

二、その後、被告荒川隆は昭和三一年七月一九日本件(二)土地上に別紙第二物件目録(四)の建物(以下本件(四)建物という)を建築し、その後同目録(五)の建物(以下本件(五)建物という)を建築した。

第五、一、ところで、本件(一)(2)建物は昭和三五年三月一二日競売に付され、その結果訴外川手忠義がこれを競落し、同訴外人はその敷地である本件(二)土地の一部を使用している。

しかし、原告ら五名は右建物移転に伴う右(二)土地の一部譲渡について承諾したことはない。

二、なお、その後被告ら三名は昭和四〇年五月四日再び右訴外川手忠義から右土地賃借権の譲渡を受け、被告荒川隆は本件(一)(2)の建物を買受けた。

又、同被告は右建物を本件(一)(3)建物に増築種類構造変更をしている。

第六、一、よって、原告ら三名は前記第三項記載の本件(三)土地又は第五項一記載の本件(二)土地の一部賃借権の無断譲渡を理由に、被告らに対し(左記(一)(二)の意思表示は本件(一)土地を事実上管理し地代を支払っていた被告荒川隆を名宛人とする方法でした)、

(一) 昭和四〇年三月二九日本件(一)土地賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、右は同月三一日までに被告らに到達した。

(二) 又、同年四月二六日右土地賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、右は翌二七日被告らに到達した。

(三) 又仮りに右らの意思表示が認められないとしても、昭和四三年六月二一日付本訴状送達を以て右土地賃貸借契約を解除する旨の意思表示をする。

二、(一) 又、被告ら三名は昭和四〇年一月一日以降本件(一)土地賃貸借契約に基く賃料一か月金二、二〇〇円の支払をしない。

(二) よって、原告ら三名は右一(一)ないし(三)記載のとおり右土地賃貸借契約解除の意思表示をした。

第七、かくして現在もなお、被告荒川隆は本件(一)(3)及び(四)(五)建物を、被告荒川順一は本件(三)建物を各所有し、且つ被告ら三名はいずれも本件(二)土地を占有している(なお、本件(三)土地は原告ら三名が昭和四〇年四月一日訴外渋谷春吉に改めて賃料一か月金一、二〇〇円の約定で賃貸したので本件(一)土地から右(三)土地を除く次第である)。

そして、右(二)土地の賃料相当額は別紙計算表記載のとおり一か月金一、六六〇円である。

第八、すると、原告に対し、右七項記載のとおり被告荒川隆は本件(一)(3)及び(四)、(五)建物、被告荒川順一は本件(三)建物を各収去し、且つ右第六項二及び第七項記載のとおり被告ら三名は各自昭和四〇年一月一日から同年三月三一日まで一か月金二、二〇〇円の割合による延滞賃料、並びに同年四月一日から本件(二)土地明渡済に至るまで一か月金一、六六六円の割合による賃料相当額の損害金を支払う義務がある。

よって、これを求める。

≪以下事実省略≫

理由

第一、≪証拠省略≫によれば請求原因第一項一の事実が認められ、同項二の事実は、被告らにおいて明らかに争わないのでこれを自白したものとみなす。

第二、≪証拠省略≫によれば、本件(一)ないし(四)建物が本件(一)土地上にあること、並びに本件(一)建物の増改築の経緯及び本件(二)ないし(五)建物の種類構造床面積が夫々別紙第二物件目録の各記載のとおりであることが認められこれに反する証拠はなく、又、本件(一)(3)、(四)、(五)建物がいずれも本件(二)土地上に、本件(二)建物が本件(三)土地上に、各所在することは被告らにおいて明らかに争わないのでこれを自白したものとみなす。

第三、一、≪証拠省略≫によれば、その契約締結日及び賃料の点はさておき(因みに≪証拠省略≫によると、下記賃貸借契約が締結されたのは昭和一五年ごろであることさえうかがわれるところである)原告ら四名が訴外亡荒川順次に本件(一)土地を賃貸したことが認められる。

二、そして、同訴外人が右(一)土地の一部である本件(三)土地上に築造した本件(二)建物を訴外渋谷春吉に売渡したことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば右売渡日時は昭和二六年四月一六日であることが認められ、これに反する証拠はない。

三、つぎに請求原因第四項一(一)の事実は当事者間に争がなく、同項一(三)の事実は被告らにおいて明らかに争わないのでこれを自白したものとみなす。

四、つぎに、訴外川手忠義が被告荒川隆所有の建物を競落したことは当事者間に争がなく、右建物は本件(一)(2)建物、同訴外人に対し競落許可決定がなされたのは昭和三五年三月一二日であることが≪証拠省略≫によって認められる。

第四、一、ところで、原告ら三名から被告荒川隆が昭和四〇年三月二九日付で本件(一)土地賃貸借契約解除の意思表示をうけたことは当事者間に争がない。

原告らは従前右土地を管理し地代を支払っていた被告荒川隆を名宛人とする方法で右賃借人全員に解除の意思表示をしたと主張するところ、前記第三項三認定のとおり相続により土地賃借人たる地位が数人に承継された場合には賃料支払の債務は性質上これを不可分債務と解すべきであるが、賃貸人からする賃貸借契約の解除は民法第五四四条第一項の適用があるというべく、右意思表示は賃借人全員に対してこれをしなければその効力がない。しかし、共同賃借人の一人に対する意思表示であっても、その者が他の共同賃借人を代理してこれを受領する権限があると認められるときは、全員に対する解除権の行使として同条の要件を充たすというべく、これを本件についてみるに、≪証拠省略≫によれば、訴外亡荒川順次死亡後少くとも昭和三五年以後はその共同賃借地たる本件(一)土地にはその妻である被告荒川隆のみが居住し、被告荒川順一、同荒川秀雄は同所を離れて夫々肩書住所地に居住し独立の生計を営み、右賃借地上建物は僅か五・五〇坪の本件(三)建物を除いては殆んど被告荒川隆が所有する他、本件(一)土地の賃料の支払、地上建物の増改築等これらの土地及び建物の管理一切を同被告においてし、被告荒川順一、同荒川秀雄もこれを暗黙の裡に了解していたと認められるから、これら事情に照らせば被告荒川順一、同荒川秀雄は共同賃借人としての権利及び義務の行使一切を被告荒川隆に委任していたとみるのが相当であって、同被告は他の共同賃借人の代理人として、原告ら賃貸人からの契約解除の意思表示を受領する権限を有していたというべきである。

二、ところで、原告らの主張によると、右解除の理由は前記第三項二認定の本件(二)建物の売渡がその敷地である本件(三)土地賃借権の無断譲渡になり、又同項四認定の本件(一)(2)建物の競落がその敷地である本件(二)土地の一部賃借権の無断譲渡になるとするようである。

よって判断するに、凡そ地上建物が譲渡されたときは、建物は敷地利用権を伴うことによってその経済的機能を果すから、格別の事情のない限り敷地賃借権も譲渡されたとみるべく、又民法第六一二条第二項の解除をするには賃借権の譲受人において現に賃借地の使用若しくは収益をすることを要するところ、

(一)  ≪証拠省略≫によると、訴外渋谷春吉は昭和二六年本件(二)建物を買受けて以来、同建物において洋服仕立業を営みその敷地である本件(三)土地を使用していることが認められる。

被告らは右土地賃借権の譲渡については原告らの承諾を得ていると主張するが、≪証拠省略≫によるもこれを認めるに足りない。

(二)  つぎに、訴外川手忠義が本件(二)土地の一部を占有使用したことを認めるに足りる証拠はなく、却って≪証拠省略≫によると、訴外川手忠義が本件(一)(2)建物を競落したのは、昭和三四年ごろ右建物につき訴外徳永酉二により競売の申立があったので、被告荒川隆から、その取引先(衣類卸商)であった関係上右建物保全の為の依頼を受けてしたものであって、その後も依然として右土地地代の支払や右建物の増改築(昭和三九年ごろ)などして右建物を占有使用していたのは同被告であること、しかも右増改築の折には右工事を請負った訴外設楽三郎より「訴外川手忠義名義で右工事をするが、実際は被告荒川隆が右工事をする」旨訴外亡北川久七に対し申入れたところ、同訴外人はこれを了として右工事を承認したことが認められ(これに反する≪証拠省略≫は措信し難い)、たとい右土地賃借権の譲渡若しくは転貸があったとしても、右土地の占有使用ないし収益は依然として被告荒川隆においてし、又右の譲渡転貸も、右土地について原告らを代理してこれを管理していた訴外亡北川久七はこれを暗黙裡に承諾していたことさえ窺えるのである。

すると、本項一で原告らのする解除の意思表示は右(一)を理由とする部分に限り根拠はあるが、右(二)を理由としてこれをすることは出来ないものといわなければならない。

三、それでは、右(一)の解除理由によって本件(一)土地全部を解除しうるかどうか判断する。

もとより、賃貸借契約は賃貸人が賃借人の目的物の使用関係に信頼を置きつつこれを貸すものであるから、賃借人がこれに反して無断で第三者に目的物の一部について賃借権の譲渡又は転貸した場合については、右の信頼関係を損い、賃貸人は特に別段の事情のない限り右賃貸借契約全部を解除しうるものと解すべきであるけれども、特に右譲渡転貸部分と残余部分を区分してみてもその各々の部分が夫々独立して建物所有等土地の使用目的を充足しうる程度にその形状、面積及び周囲の状況があり、右両部分の使用状況にさほど変化がなく、又賃貸人にとってもその土地を一体として使用し又は賃貸する場合に比して不利益を蒙ることなく、その合理的意思にも反しない等、右特段の事情がある場合は、賃貸借契約解除の効力を右信頼に反した部分即ち譲渡転貸部分に限ってこれを認め、尚残余の賃借部分については賃貸人に対する信頼関係は損われていないとしてこれを存続させることも許されて然るべきものと考えられる。

これを本件についてみるに、≪証拠省略≫によると、昭和二六年訴外渋谷春吉が本件(二)建物を買受けて以来、本件(三)土地は専ぱら右建物の敷地として利用され本件(二)土地は専ぱらその余の建物、即ち本件(一)、(二)、(四)、(五)建物の敷地として利用されて来たものであって、昭和四〇年前記解除の意思表示がなされるまでの一六年間の長期に亘って夫々独立に区分されて使用されており、又そのように区分して利用するとしても本件(二)土地は二一四・四三平方米(六四・八六坪)、本件(三)土地は六七・八四平方米(二〇・五二坪)であってその形状からも夫々独立して使用可能な土地であって原告ら三名自身は永らく出郷しておりその先代である訴外亡北川久七に右両土地の管理を全て委せていたところ、右一六年もの間同訴外人からの異議も唱えられなかった(前記二認定のとおり、右区分された右(二)土地についての被告荒川隆の使用、殊に昭和三九年ごろの地上建物の増改築についても同訴外人においてこれを了承している事情がある)ばかりか、原告ら三名も昭和四〇年右(三)土地部分について改めて訴外渋谷春吉と賃貸借契約を締結し、右両土地の利用がそれぞれ区分しうることを前提としていることが各認められ、更に前記解除も一六年前の本項二(一)を理由とするものであってその部分に限り、根拠があるから、これらの事情を綜合すると、結局原告らが解除を求めることができるのは右(三)土地部分に限り、その余の本件(一)土地部分即ち本件(二)土地についてはその効力は及ばないと解するのが相当である。

四、なお、原告らの主張する請求原因第二項一(二)、(三)記載の解除の意思表示も同項一(一)で主張する解除の意思表示と同一の根拠に基くものであるから、本項一ないし三で認定したと同一の理由により本件(二)土地部分についてその効力は及ばないというべきである。

五、つぎに、原告らは昭和四〇年一月以降の賃料不払を理由に解除の意思表示をしたと主張する。

しかし、仮りに右意思表示をしたところで、≪証拠省略≫によると、被告らはその代理人(本項一参照)被告荒川隆をして昭和四〇年一月分以降の賃料一か月金二、二〇〇円を毎月遅滞なく前橋地方法務局沼田支局宛に供託していることが認められるので理由がない。

第五、以上のとおりであるから第四項一ないし四の解除の効力は原告らが本訴で明渡を求める本件(二)土地には及ばないというべく従って同じく本訴で収去を求める本件(一)(3)、(三)、(四)、(五)建物はいずれも右(二)土地上にあるからこれについても根拠がなく、右土地明渡に至るまで賃料相当損害金の支払を求める部分も右被告らの占有はなお賃貸借契約関係が存続し、正当な権限に基く占有であるといえるから原告らに損害はないこととなる。

よって、原告らの本訴請求はいずれも理由なきに帰し失当として棄却を免れず、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九三条第一項、第八九条を適用のうえ、主文のとおり判決する次第である。

(裁判官 宗哲朗)

<以下省略>

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